【長編】白の刻印 第1話 -目覚め-

物語(長編)

瓦礫が積み重なる荒廃した都市を、リナは無言で歩いていた。重く垂れ込めた灰色の空。すでにこの場所に人の気配はなく、静寂が支配している。風が吹き抜け、ボロボロの服がはためく。

足元に広がる砂埃が、彼女の歩調に合わせて舞い上がる。歩いているというよりも、ただ漂っているようだった。目的地などない。彼女の目に映るのは瓦礫だけ。

ふと、足を止めた。崩れたビルの影に腰を下ろし、しばらくその場に座り込む。胸の奥にあった微かな鼓動が、遠ざかっていくような感覚。だが、彼女の表情に変化はない。無感情のまま、ただその場にいるだけだった。

目の前に金属の塊が転がっていた。瓦礫に埋もれたそれは、かつての文明が生み出した機械――そのことはリナにもすぐにわかった。古びた機械の外装は傷だらけで、長い時間ここに放置されていたことを物語っている。

彼女は躊躇なく手を伸ばし、その金属に触れた。冷たい感触。だが、その瞬間、背中にわずかな違和感が走った。何かが彼女の中で共鳴しているような感覚。

リナは静かに息を吐きながら、指先で機械の表面を慎重に探る。特別な工具を使うことなく、ただ手で機械の内部を感じ取る。少しずつ、眠っていた何かが目覚める気配。機械が反応を示し始めた。

リナの背中に走った微かな振動が、機械に伝わったのかもしれない。重い音が響き、機械の目がゆっくりと光を放ち始めた。淡い青い光。機械が動き始めたのだ。

「起動完了……」

その声は低く、機械的でありながらもどこか生きているような響きがあった。リナは一歩後退する。彼女の目は、機械の瞳から発せられる光を見つめたままだ。

機械は立ち上がると、静かにリナの方を向いた。

「識別完了。対象、リナ。守護対象に認定。」

機械――ARKはリナに向かって手を差し出す。その手は大きく、冷たく硬い。リナはその手を一瞥したが、何も言わずに背を向けた。

「……いらない。」

彼女の言葉は、風に流れて消えた。

リナは歩き出した。ARKはしばらく立ち尽くしていたが、再びその後を追い始める。彼の使命は「守護」。それがプログラムされた役割であり、彼女の拒絶に関係なく、その命令に従い続ける。

リナは、後ろを振り返ることなくただ歩いた。ARKの存在が彼女のすぐ背後にあることを知りながらも、その事実を無視しているかのようだった。彼女にとって、守られるということはもはや必要のない概念だったのだろう。

守護など、もはや意味を成さない。

廃墟の都市を抜け、リナは一歩一歩進んでいく。ARKはその後を無言でついてくる。夕暮れが近づき、空はさらに暗さを増していった。

リナの足取りは疲れを見せない。感情の波を押し殺したかのような歩調が続く。彼女の心にはまだ、ARKの存在に対する拒絶が残っている。だが、彼の足音が一定の距離を保ちながら続くのを、感じていた。

ふと、リナの背中にわずかな違和感が走る。だが、その感覚を振り払うかのように、歩みを止めることはなかった。夜の闇が近づいていることを感じながら、彼女はただ前に進む。

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